'04年5月 15日(土)

高山右近

今思うと「学校でもっと勉強しておけば良かった」と、いつも思うのは英語。海外に生活していると日々後悔の毎日です。

まあ英語に限らず他の科目も勉強してなかったというのは同じようなものですが。そんな私でも高山右近の名前はかろうじて覚えていました。でも歴史の授業のおかげなのか、「信長の野望」にでていたからなのかは定かではありません。

ガイドブックを読んでいたら、キリシタン大名だった右近はマニラに渡ってこの地でなくなったそうです。そして当時日本人街のあったマニラ市のプラザディラオに右近の像があるというので行ってきました。

ガイドブックの地図によれば、そこは鉄道のパコ駅の前になっているのですが、パコ駅は工事中なのか閉鎖されていて廃墟のようになっていました。その廃墟のパコ駅と幹線道路をはさんで反対側がプラザディラオでしたが、小さな公園といった感じで真ん中に排気ガスと直射日光を浴びながら高山右近像が建っていました。

今はこの付近がかつて日本人街だったなんて信じられませんが、当時3000人以上の日本人が住んでいたそうです。2004年の外務省の国別在留邦人数ではフィリピンに滞在している日本人は10650人。もちろんこの人数は在留届を出していない人が含まれていないので、実際の人数はもっと多いのでしょうが、日本人の数は400年前で3倍にしか増えてないなんて意外な気がしませんか?

'04年5月 15日(土)



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